クリニカルリーズニング
【はじめに】
クリニカルリーズニングは、wise actionおよびthink on one’s feetと言われ、医学・医療の分野のみならず経営や経済、芸術、教育といった他の多くの分野においても用いられている問題解決の手法である.このため、各領域に合わせてカスタマイズされて用いられるものである.そうした中で、理学療法分野におけるクリニカルリーズニングは、対象者やその関係者とセラピストおよび他の専門家が共同で問題解決に向かって行う共同作業であり、単なるセラピストの思考過程のみを指すものではない.また、クリニカルリーズニングは対象者「に」するのではなく、対象者「と」するものである.これを基にクリニカルリーニングとは具体的に何かということを述べていきたい.
【定義】
クリニカルリーズニングの定義は、「根拠に基づく治療を導き出すために患者の持っている問題と患者自身を理解するために、専門家と患者との間で行われる、調査と分析の相互的な過程である」とされている(Mosby’s 2013 Dictionary of Medicine, nursing and health professions,9th.ed, 2013, Elsevier).クリニカルリーズニングを構成する4つの要素として知識knowledge、認知cognition、メタ認知metacognition、データ収集能力data collection skillがある.
【クリニカルリーズニングに影響を与える因子】
影響を与える因子としては、批判的思考能力、知識と知識を統合する能力、データの収集能力、コミュニケーション能力などがあげられる.これらは実際にリーズニングを進めていく上で相互に影響しあうものでもある.
【バイアスとFlags】
クリニカルリーズニングにおける主なバイアスには以下の3つがある.それらは、確証バイアスconfirmation bias、保守性conservativenessおよび固執性stickiness、そして記憶のバイアスmemory biasである. また、対象者の有するFlagsといわれるものには以下の5種類がある.Red flag(生命にかかわるもの)、Yellow flag(心理的要因)、Black flag(制度的な問題)、Blue flag(業務的な問題)、Orange flag(精神科的要因)である.
【クリニカルリーズニングの種類】
クリニカルリーズニングの種類は幾つかあるが、この中で特にセラピストが良く活用するものとしては、手続き的推論における仮説演繹的推論とパターン認知の手法である.この2つはそれぞれ単独に用いられるのではなく、両者とも併用しながら活用していくものである.
【クリニカルリーズニングの難しさ】
実際の臨床場面においてクリニカルリーズニングを有効に活用していくにはその習得に時間を要し、一通りのリーズニングができるようになるまでには10年かかると言われている.このため、クリニカルリーズニングの習得には日々の継続したトレーニングや学習が必要となる.
- 本研修の狙い
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クリニカルリーズニングとは何かを学び、その活用法を理解する
- 身につける能力
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- クリニカルリーズニングとは何かを理解できる
- クリニカルリーズニングを用いて問題解決の手段を理解できる
- クリニカルリーズニングをベースにした理学療法診断ができる
- リーズニングプロセスにおいてエビデンスの活用ができる
- 治療におけるリスク管理ができる
- 略歴
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1985年京都大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業、京都専売病院、京都堀川病院、琵琶湖大橋病院、河端病院等を経て、現在Physio Study Kyoto 代表。非常勤にて京都逓信病院に勤務。徒手療法では、ノルディック・システム、マリガン・コンセプト、オーストラリアン・アプローチ、パリスコンセプト等を学ぶ。クイーンズランド大学(豪州)ショ―トコース受講、共訳として「骨盤帯 第4版」(Diane Lee)。
本研修では、回復期リハビリテーション病棟に入院された脳卒中片麻痺症例の歩行障害に対し、当院の理学療法士2名(エキスパートとビギナー)が行った各々のクリニカルリーズニングを紹介する。
クリニカルリーズニング(臨床推論)は「クライアントとその家族、他の医療チームメンバーと共同し、臨床データやクライアントの意志/希望、専門的知識から導き出された判断等をもとに、治療の意義、到達目標、治療方針などを構築するプロセス」や「根拠に基づく治療を導き出すために、患者の持っている問題と、患者自身を理解するため、健康の専門家と患者との間で行われる、調査と分析の相互的な過程のことである」とされている。本研修では、脳卒中片麻痺症例の「歩行自立度の予後予測」、「下肢機能や体幹機能、バランス、歩行の臨床評価」、「姿勢制御障害や歩行障害に対する治療」をどういった方法で行ったのか動画を用いつつ具体例を紹介するとともに、「なぜその方法で予後予測を行ったのか」、「なぜその評価を行ったのか」、「なぜその治療を選択したのか」について、各場面でエキスパートとビギナーの推論の過程を紹介する。
片麻痺症例の歩行障害に対する理学療法を行う際のクリニカルリーズニングに関して、これまでの臨床では、問題と考える動作の動作観察や分析からトップダウン思考で問題点に対する治療を選択していく思考プロセスを行っていることが多かった印象がある。動作観察の重要性は言うまでもないが、この手法では動作観察や分析が不適切だと問題点を正しく導き出せない。ビギナーとエキスパートでは動作観察の能力に差があるのは当たり前であり、ビギナーが適切な問題点を抽出するためには動作観察のみに頼るのは難しいであろう。脳卒中の理学療法においては、ビギナーであれエキスパートであれ、動作観察とともに脳画像所見、そして各機能障害や動作障害の程度を評価する臨床評価の結果を踏まえて動作の分析を行っていく必要性があると考える。むろん、脳卒中後の歩行障害には様々な問題点が複合的に関与する。特定の治療法の有効性が確立されていないのもこのためであろう。そのためエキスパートであれ、行ったクリニカルリーズニングが適切であると言い切ることは非常に難しい。本研修は、参加者の方が脳卒中後片麻痺症例の歩行障害に対する理学療法のクリニカルリーズニングを学ぶ機会であると同時に、参加者の方と共に片麻痺症例の歩行障害におけるクリニカルリーズニングを考える機会となればと考えている。
- 本研修の狙い
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本研修では、脳卒中片麻痺症例の歩行障害に対し二人の理学療法士が理学療法を行った際の各々のクリニカルリーズニングの過程を紹介する中で、以下を学ぶことを目的とする。
- (1)下肢機能や体幹機能、バランス、歩行の臨床評価
- (2)急性期の臨床評価を用いた歩行自立度の予後予測の方法
- (3)「エビデンスをつかう」プロセスに基づいた介入方法の選択
- 身につける能力
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- (1)脳卒中片麻痺者の機能障害や動作障害の評価に用いられている下肢機能、体幹機能、バランス、歩行の臨床評価を知り、各臨床評価の特性を理解することができる。
- (2)急性期の臨床評価を用いた歩行自立度の予後予測の方法を知ると共に、各施設に適した歩行自立度の予後予測の方法を理解することができる。
- (3)「エビデンスをつかう」プロセスを理解することができる。
- 略歴
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昭和59年 理学療法士免許取得 5月星ヶ丘厚生年金病院入職 平成20年 国際ボバース概念基礎コースインストラクター 平成21年 大阪理学療法士連盟企画局長 平成23年 星ヶ丘厚生年金病院 リハビリテーション部技師長就任 平成26年 JCHO星ヶ丘医療センター リハビリテーション士長・JCHO近畿中国四国地区 PT・OT専門職併任 平成27年 一般社団法人地域医療機能推進学会(JCHS) リハビリ部会部会長 (日本理学療法士協会 大阪府理学療法士会活動は省略)
【はじめに】
内部障害のクリニカルリーズニング(CR)にあたって、疾患特性を理解しCRエラーを回避する必要がある。今回、内部障害の中で呼吸器疾患をテーマにCRのポイントを紹介する。
<呼吸器疾患とその障害の特徴>
呼吸器疾患は増悪を繰り返すものが多く、常に増悪のリスクを抱えている。リスクと効果は紙一重であり、有害事象につながる警告(レッドフラッグ)の確認が必要となる。また、高齢者が多く、単純に肺だけの問題ではなく全身の問題があることが多い。つまり、診断にとらわれず、全身の問題としてとらえることが大切である。
呼吸器疾患患者では、症状のみられないものやあいまいな症状も多いため、症状だけでなく、目の前の身体所見を見逃してはいけない。また、あいまいな症状の中にも、重要な病態は隠れていることがある。
呼吸器疾患の情報は、胸部X線画像、肺機能検査、血液検査などデータとして提示されやすいが、検査の信頼性と解釈を吟味し、症状と身体所見との照らし合わせることが必要である。
【病期に応じたCRのポイント】
急性呼吸不全では、迅速なCRが要求されることが多く、直観的思考とエビデンスに基づいた分析的思考を組み合わせる必要がある。急性期呼吸管理はチーム医療としての CRが問われ、いかに職種間の「信念対立」という障壁を取り除き、多職種連携の強みである「視点の違い」を生かすかが重要なポイントである。
慢性呼吸不全では、二次障害を防ぐために廃用だけでなく、過用も考えておく必要がある。行動特性を捉え、性格、生活歴、人生観も考えた上で、行動変容の必要性とそれを阻害するものは何かを考える。また、疾患特性と予後に左右する因子を捉え、疫学、EBMから予後を考察することも必要である。
終末期では、残された余生に対して何を望むのかを考え、Quality Of Lifeだけでなく、安らかな死を求めるQuality Of Death(死の質)についても考える。苦痛(主に呼吸困難感)を取り除き、いかに食べ、いかに眠れるか、つまり、動くことよりもいかに楽に過ごすかを考えるべきである。
【内部障害のCR能力を高める】
直観的思考で生じやすい認知バイアスを克服するために、意思決定の根底にある思考について考えること、つまり、メタ認知が求められる。認知バイアスを除去のためには、バイアスの性質と影響を理解、メタ認知的な気付き、バイアス除去の実行と維持が必要である。
今回、呼吸器疾患事例を通じて内部障害のCRについて一緒に学びたい。
- 本研修の狙い
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- (1)内部障害症例に対する臨床的推論(クリニカルリーズニング)の必要性を学ぶ
- (2)ビギナーが内部障害例を提示、ワークショップを通じて着眼点について学ぶ
- (3)エキスパートのクリニカルリーズニングから内部障害例における思考過程を学ぶ
- (4)内部障害例のワークショップを通じてクリニカルリーズニングの学習過程を体験する。
- 身につける能力
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- (1)画像・検査所見と身体所見との間に矛盾がないか確認することができる
- (2)時系列での変化から病態の予後を推察することができる
- (3)社会背景因子と身体的機能因子から障害構造を分析することができる
- (4)ガイドラインおよび介入効果からプログラムの妥当性を検証することができる
- (5)ワークショップを通じて、一連のクリニカルリーズニングの流れを理解することができる
- 略歴
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平成元年 理学療法士免許取得、星ヶ丘厚生年金病院(現・JCHO星ヶ丘医療センター)勤務
平成9年 認定呼吸療法士取得
平成12年 内部障害系・神経系専門理学療法士認定
平成17年 大阪市立大学大学院医学研究科修士課程修了 医科学修士取得
平成24年〜28年 大阪行岡医療大学医療学部 講師
平成28年 森ノ宮医療大学保健医療学部 准教授
平成29年 兵庫医科大学大学院医学研究科博士課程修了 医学博士取得
平成29年〜 森ノ宮医療大学保健医療学部・大学院保健医療学研究科 教授